アメリカの大学に通う筆者。先日、ふと教室を見渡すと、女の子たちがこぞって同じような持ち手とストローのついたタンブラーを持参していました。その後もキャンパス内やジムなど、至る所でみんな同じボトルを持っているのに気が付きました。その正体は “Stanley Cup” (スタンレーカップ)。詳しく調べてみると元々は労働者など外で働く男性たちに愛用されていた保冷の効く水筒のメーカーで、その歴史はなんと110年ほどにも及ぶとのこと。そのようなブランドが一体どのようにして若い女性を中心に1000億以上を売り上げる爆発的人気を遂げ、即完売し転売されるまでのブランドに変化するに至ったのか。”スニーカー販売戦略”、”三人の女性”、そして”バズの流用”の3つのキーワードを元に話していきたいと思います。
スタンレーカップとは?
1913年に発明家ウィリアム・スタンレー・ジュニアがステンレス鋼と真空断熱を組み合わせた全鋼製の真空ボトル発明。この技術革新により、飲料を長時間保温、または保冷することが可能となり、その性能や耐久性から労働者たちやアウトドアのシーンなど長時間の作業が必要な環境で大きな利便性を提供しました。その後、定番の水筒へと定着しました。そんなスタンレー社は2016年、大きな転機を迎えます。この年、彼らはクエンチャーという新しい形の水筒を発売しました。そう、これがのちに爆発的な人気を生む、持ち手とストローがついていて車のカップホルダーにすっぽりとハマるテーパードの形の水筒です。この水筒を気に入ったマガジン社 “The Buy Guide” の女性編集者3人はすぐさまこの水筒を取り上げ、2019年には110億円をも超える売り上げのヒット商品となりました。しかし、そんな水筒のさらなる爆発的人気は2020年から始まります。CNBCによれば、2023年までのわずか4年で売り上げは10倍の1100億円をとうに超えるまでに成長。その成長は2020年から社長に就任したテレンス・ライリーによってもたらされました。
(参考: CNBC.com https://www.cnbc.com/2023/12/23/how-a-40-ounce-cup-turned-stanley-into-a-750-million-a-year-business.html, 参照日:2024年4月29日)
新社長が施した『スニーカー販売戦略』の流用実験と『三人の女性』
2014年、業績が悪化していた人気サンダルブランド『クロックス』はコラボデザインの販売を強化。その後たった数年で業績を急速に改善させました。その成功を導いた人物で当時クロックスの最高マーケティング責任者を務めていたのは、そう、2020年にスタンレー社の社長に就任したテレンス・ライリーでした。その時に使った手法は豊富なカラーバリエーションやジョーダンなどのレアスニーカーのようにコラボ商品の限定販売をし付加価値をつけ、より一層の購買意欲を掻き立てることで購入者・ファン・マニアの間での取引をあえて誘発し、人気を拡大させていくバイラルマーケティングでした。ライリー氏はこの経験からこの手法をスタンレータンブラーでも利用できるのではと考えます。
それまで5種類のカラーしかなかったタンブラーのカラー展開を拡大を決め、さらに再び “The Buy Guide” と手を組むことを決めます。すぐさまマガジンの女性編集者3名は ”仕事中もタンブラーを持ち歩く女性” のイメージのもと、これまでのブランドのアイデンティティの真っ向から反対の女性的なパステルカラーの展開を助言。助言をもとに販売した新カラーは3週間で完売の人気となりました。
その他にも、好きなスタイルにカスタマイズ出来るスタンレーカスタムや、特定の祝日や季節にちなんだ色やデザインが登場したり、有名ブランドやアーティストなどとのコラボなど様々な新しいデザインを販売しました。
特にコラボデザインや限定デザインは販売個数を限定的にした結果、店にはその商品を買おうとたくさんの人が列をなし、売り切れが続出。ホリデーシーズン限定デザインがスターバックスで販売された時は25分ほどで売り切れ。さらにこの争奪戦の様子を写した動画が数多くTikTokで投稿され、さらなるバズを生み出すという好循環となりました。
その結果、一部のモデルは非常にレアでコレクターズアイテムとしての価値が高まり、人気リセールサイト『ストックエックス』や『イーベイ』では数多くのタンブラーが高値で転売されました。その様子はまさしくレアスニーカー市場と同じ、そう、テレンス・ライリーの実験が成功した証でした。
これにより、スタンレータンブラーは単なる飲料容器を超えて、個人のアイデンティティやステータスを表現する手段として使われるようになります。特に若者の間では、流行に敏感であり、SNSでの「見せびらかし」が重要な役割を果たしています。限定版を持っていることが、特定のコミュニティ内での認知やステータスを象徴するようになり、人々はこれを社会的なつながりや自己表現の一部として価値を見出しています。
このようなTikTok等のSNSでのバズはさらなる消費行動に繋がり、製品が提供する機能的な価値を超え、社会文化的な現象として捉えられるようになりました。
TikTokのバズを利用しさらなるバズを生み出した
2023年には、ある女性がTikTokに投稿した動画が話題となりました。この動画では、彼女の車が全焼する事故が発生したにも関わらず、車内にあったスタンレータンブラー(Stanley Cup)の中に氷がまだ残っている様子が映されていました。この耐久性の高さが注目を集め、多くの視聴者を驚かせました。
◾️実際に女性が投稿した動画
https://www.youtube.com/watch?v=3RUREy-EAmQ
この動画がバイラルになった後、スタンレー社の社長テレンス・ライリーは、女性に連絡を取り、新しいスタンレータンブラーをプレゼントするだけでなく、焼失した車を置き換えるために新しい車もプレゼントすると申し出ました。この寛大な対応は、さらにメディアの注目を集め、スタンレー社のポジティブなイメージを強化する結果となり、またさらなるバズを生み出すことでより一層のブランド認知を高めました。
この出来事は、スタンレー製品の耐久性と品質、そして企業が顧客との関係をどのように大切にしているかを示す好例です。また、ソーシャルメディアの力を利用してブランド価値を高める一方で、実際の人々の生活にポジティブな影響を与える方法を見せた事例とも言えます。
(参考: tastingtable.com https://www.tastingtable.com/1505585/it-girl-stanley-tumbler-trend-explained/, 参照日2024年4月29日)
全く異なる市場のマーケティング戦略を参考にした販売戦略と、TikTokなどのSNSで一般ユーザーによって拡散されたUGC(ユーザージェネレイテットコンテンツ)の上手い活用によって人気を拡大したスタンレー。商品の品質が良いはもちろんですが、マーケティング次第でこのような爆発的人気をもたらせるという事例は、これから米国市場進出を目論む日本企業にもポジティブなニュースなのではないでしょうか。スタンレーに続く ”バズ企業” は現れるのか、注目したいと思います。
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